月が墜ちた後に、堕ちた痕に

○裏通り 深夜

繁華街の裏筋の、小さな飲み屋や小料理屋の看板が何軒かおきに並んでいる細い通り。
通りの先には、賑やかな繁華街の明かりが見える。

○路地

その通りからさらに一本入った、真っ暗な路地。男女二人の人影がある。
しゃがんでいる篠田啓子。大きく吐いた息が震えている。右手に持っていた物を放して、掌に掻いた汗を拭く。

○裏通り・飲み屋の前

古ぼけた看板を出したスナックの戸が開き、携帯を持った男が一人、出てくる。

○路地

自分の後ろにいる啓子に声を掛ける林田篤史。

篤史「…啓子、あいつだ…」

立ち上がる啓子。黒ずくめの格好で、暗闇に溶け込んでいる二人。
意を決した、しかし小声で、気合の声を漏らす篤史。

○裏通り

携帯電話で話し始めた男の前に、黒い半袖のシャツと黒いスウェットパンツに、季節外れの黒いニット帽を被った、篤史が飛び出てくる。
歯を食いしばった顔で、両手で拳銃を突き出して至近距離で男を撃つ。
肩を撃たれて、そこを押さえながら崩れる男。もう一度引き金を引く篤史。
踵を返して、路地へ逃げる篤史。

○路地

真っ暗な路地から逃げ去る啓子と篤史。

○裏筋の十字路

薄暗い、裏筋の道の門で二人を待っている野口浩次。
篤史と啓子が走ってきて、計画通りにその角を曲がっていく。
追ってくる人間がいないかを見てから、浩次も二人を追って走り出す。

○雑居ビルの裏口

汚いポリバケツが並んでいる、雑居ビルの裏口。
そのポリバケツの中に、二人が脱ぎ捨てた服を放り込む啓子。
その裏口のドアを開けて中に入っていく三人。

○繁華街・雑居ビルの前

ビルの正面から出てくる三人。息を落ち着かせようとしている。
そのまま通りを歩いていき、人混みの中に紛れていく。
(F/O)

○タイトル『月が墜ちた後に、堕ちた痕に、』

○(F/I)キャンパス・メインストリート

授業に向かう学生たち。浩次の姿もある。

○大学の校舎の中・教室の中

階段状に造られた教室。始業前で、学生たちが教室に集まってくる時間。
浩次が一人で教室に入ってくる。

○キャンパス

人影が少なくなっている。始業のチャイムがキャンパスに響く。

○教室の中

講義中。後ろの方に座っている浩次。頬杖をついてボーっとしている。
教室の前方のドアがゆっくり開き、福田久美が入ってくる。派手な、いかにも女子大生という感じの久美。
教室中の視線を集めながら、教室の端を上がっていく久美。友人と目が合うと、笑顔で小さく手を振って挨拶する。

久美「(小声で)おはよー。おはよー」

浩次の席の少し前の、同じような格好の、派手な雰囲気の友人たちの横の席に座る。

久美「(小声で)おはよー」
友人たち(口々に)「おはよー」

席に座ってからも何人かの男子学生が組の方に振り返り、作り笑顔でそれに応える久美。
授業にも、クラスのセックスシンボルにも無関心な表情の浩次。
背中を丸め、机の上に両手と顎を乗せる。目を閉じる。

○校舎の中・廊下

別の教室の外の廊下。ドアが開いて、眠そうな顔で欠伸をしながら、浩次が出てくる。
その時、廊下を久美が一人で歩いてくる。目が合う二人。同じ方向に歩いていく。

○古着屋『ONEDAY』の店内 夜

薄暗い店内に所狭しと古着が並んでいる。店長が、商品の陳列を直している。
レジの奥では、啓子が針仕事をしている。
入り口のドアが開き、竹内みゆきが店に入ってくる。

店長「いらっしゃい…(気付いて)あ、みゆ
 きちゃんか…

顔を上げる啓子。嬉しそうな、気恥ずかしそうな目で啓子を見るみゆき。
時計を見上げる啓子。その後、責めるようにみゆきを見る。

店長「啓子、今日はもういいよ。お客も居な
 いから。その仕事も明日でいいや」
啓子「(申し訳なさそうに)そうですか?」
店長「うん、お疲れさん」
啓子「(立ち上がりながら)すいません…」

奥の部屋に消える啓子。自分の仕事に戻る店長。
すぐに、小さなリュックを背負った啓子が出てくる。そのままドアに向かって歩く。
その啓子のシャツを引っ張るみゆき。上目使いで何かを求めるような目をする。
しかめ面をする啓子。シャツを引く手を引っ込めないみゆき。
諦めた顔になり、店長の方をチラッと見てから、みゆきにキスをする啓子。
嬉しそうに笑うみゆき。

啓子「(店長に)それじゃ、お先です」

仕事の手を止め、振り向く店長。

店長「ああ。じゃ、明日ね…」
啓子「ハイ。お疲れさまです」

ドアを開けて出て行く啓子とみゆき。

○クラブディスコ『スモーク』 店内

音楽が響いている店内。早い時間で、客の姿は少ない。
バーカウンターの中でバーテンとして働いている三浦秀人。店に、啓子とみゆきが入ってくる。
不安そうに、啓子に寄り添って、腕に両手を回しているみゆき。

秀人「(啓子に気付いて)よう! 久しぶり
 じゃん」
啓子「(笑いながら)そうだっけ?」
秀人「(笑って)またまた…」

秀人の前に座る啓子とみゆき。秀人と目が合うと、恥ずかしそうに目を伏せてしまうみゆき。
啓子に向かって、ニヤリと笑う秀人。

秀人「付き合ってんの?」

笑顔を返すだけの啓子。みゆきの手を握り締める。頷く秀人。

秀人「…で、何飲む?」
啓子「任せる。いつもみたいに」

みゆきの方を見る秀人。目を伏せたままのみゆき。

啓子「(代わりに)あんま強くないヤツ…」
秀人「(頷いて)わかりました…」

  ×  ×  ×
啓子とみゆきの前にはグラスがある。

秀人「…篤史はどうしてる?」
啓子「…」
秀人「元気か?」
啓子「…来てないんだ? ここに」
秀人「(寂しそうに笑って)浩次はよく来ん
 だけどな」
啓子「そう…」
秀人「ま、別にいいんだけどな。どうしてん
 のかなって。ちょっと思っただけだから」
啓子「変わんないよ」
秀人「そっか。いや、そんならいいよ

みゆきが、啓子に何か耳打ちする。頷いて、店の奥の方を指差す啓子。
トイレに立つみゆき。
秀人「(みゆきを目で追いかけながら)…い
 つからだよ? 結構最近?」

頷く啓子。

秀人「かわいいじゃん」
啓子「(得意そうに)そう?

しかめ面を作る秀人。笑顔で、グラスを口に運ぶ啓子。

啓子「(グラスを置いて)ヒデは? 最近どうなの?

肩をすくめて見せる秀人。寂しそうに微笑み合う二人。

啓子「…そっか。やっぱり、まだ?」
秀人「ダメだね」
啓子「…」
秀人「夢に出てくんだぜ。真帆の顔が。笑い
 声とかさ。忘れよう忘れようって思ってて
 もさ」
啓子「ヒデ…」
秀人「(苦笑い)ダメだね。だいたいさ、い
 い女がいねぇよ、この辺も。俺だけ? そ
 う思うの」

笑顔を作る啓子。

秀人「…どっかにいい女がいればな。すげぇ
 いい女がさ…」

グラスに口をつける啓子。布巾でカウンターの上を水滴を拭く秀人。
グラスの中身を飲み干す啓子。 啓子「…必死に探しなよ」

啓子が差し出したグラスを受け取る秀人。

秀人「探してるよ。死に物狂いで」
啓子「…」
秀人「俺たちはさ、あいつにホレてたよな。
 俺たち全員さ」

○〈過去〉ワンルームマンションの通路 夜

冬。秀人が、マンションのドアをドンドンと叩いている。

秀人「おい! 真帆! 開けろ!」

通路の一番端にあるエレベーターから、篤史が飛び出てくる。

秀人「篤史! 早く!

篤史の後から、マンションの管理人が出てくる。
その管理人を置き去りにして、ドアの所まで駆けてくる篤史。
手に持っていた鍵でドアを開ける。

○ワンルームマンションの一室

真帆の部屋に上がり込む秀人と篤史。

秀人「真帆!

ベッドの上で、仰向けに倒れている遠藤真帆。駆け寄る二人。

篤史「おい! 起きろ!」

叫びながら体を揺する二人。真帆の反応はなく、握っていた携帯電話が床に落ちる。
鼻血を垂らし、瞳孔が開いている真帆。ベッドの隅に小さな注射器が落ちているのを見つける秀人。

秀人「(拾い上げて)おい…」

真帆の左腕の袖をめくり上げる篤史。注射針の跡に小さく血が滲んでいる。

篤史「救急車だ! 救急車を呼べ!」

真帆の左腕を凝視して茫然としてしまっている秀人。

篤史「俺たちじゃ何も出来ねぇ!

床に落ちていた真帆の携帯を拾い上げ、ボタンを押す篤史。真帆の体にすがりつくようにしている秀人。

篤史「(電話に)急いで来てくれ! 早く!
 滝嶋ハイツの605だ! 今すぐ! 春沢
 町の滝嶋ハイツ、605! そうだ、国道
 から曲がってすぐの…」
秀人「何なんだよ、これは…。真帆…

携帯を壁に叩きつける篤史。

篤史「ちきしょう…。何でこんなことに…」
秀人「起きてくれ…」
篤史「知らなかったぞ、こんなこと」
秀人「死んじゃうのかよ、真帆…。(篤史に)
 救急車は?」
篤史「今呼んだ」
秀人「来るのか? 遅いんじゃねぇかぁ? 
 お前、ちゃんと呼んだか?」
篤史「(自分に言い聞かせるように)すぐ来
 る。すぐ来るよ…」

○マンションの外

救急車に運び込まれていく真帆と、一緒に乗り込む秀人と篤史。

秀人「…返事してくれよぉ…」

○〈現在〉電車の中 夜

電車のシートの端に座っている篤史。膝の上にバッグを抱え、帽子を目深に被っている。
閉じていた瞼が動く。瞳を少し動かした後、再び瞼を閉じる。

○〈過去〉真帆の部屋

救急隊員たちに運ばれていく真帆。ストレッチャーから左腕がダラリと落ちる。
その左腕の赤い血の痕。

○〈現在〉電車の中

バッと目を開ける篤史。息を大きくフーッと吐き、体を動かして座り直す。
車両がすれ違い、風圧で電車の窓がガタッと揺れる。
篤史の真正面に、高校の制服姿の、椎名悠が座っている。参考書を広げながら、チラッと篤史を見る悠。
首を回して、窓の外を見る篤史。

○駅のホーム

人影が少ない、夜のホーム。電車が入ってくる。ドアが開き、乗客が降りてくる。その中の一人が篤史。
ゴミ箱の所に歩いていき、そこでポケットからガムの屑を捨てる篤史。

悠の声「あの…」

篤史が振り返ると、使い古してボロボロの財布を持った悠が立っている。悠の背後では、電車が走り出している。

悠「(財布を差し出して)これ…」
篤史「(尻ポケットに触れて)あ…」
悠「今、落ちたんです…」
篤史「マジで?」

○駅のホーム・ベンチ

ホームのベンチに並んで座っている篤史と悠。拾ってもらった財布を持っている篤史。

篤史「ありがとう、わざわざ。マジで」
悠「あ、いえ…」

間。

篤史「大事なモン入ってるんだよね、こん中。
 …お金じゃなくってね」

財布を開く篤史。写真が一枚入れてある。

○写真

モノクロプリントの写真を、財布に入る大きさに切り抜いてある。篤史、秀人、真帆、啓子、浩次の五人が並んで写っている。
真帆だけが両腕を広げ、ヘンなポーズを作っている。皆、楽しそうな笑顔。

悠の声「友だち?」

○駅のホーム・ベンチ

悠に、写真を見せている篤史。

篤史「(頷いて)そう」

間。

篤史「電車行っちゃって、ゴメンね」
悠「あ、いいです、ホントに」

○駅のホーム

ホームに並んで立っている二人。

篤史「…また、会えるかな? もう一度、ど
 っかで…」

驚く悠。

篤史「もちろん、よかったら、だけど…」

 ×  ×  ×
電車のドアが一斉に閉まる。電車の中の悠とホームにいる篤史。
電車が走り出し、手を振る篤史。

○ホームの階段

階段をゆっくり上がっていく篤史。

○〈過去〉『ONEDAY』・奥の小部屋

店の、レジの奥にある狭い部屋。在庫品が積み上げられている。篤史、秀人、啓子、浩次の四人が小さな丸椅子やパイプ椅子やダンボール箱に腰掛けている。皆、冬の厚着姿。
秀人に向かって叫ぶ篤史。

篤史「(秀人に)お前に言われなくても分か
 ってんだよ、そんな事!」
秀人「バカみてぇなこと言ってんじゃねぇよ」
篤史「(ガタッと立ち上がって)ふざけんな、  この野郎!」

篤史を抑える浩次。
 ×  ×  ×
部屋から出ていこうとしている篤史。秀人も立ち上がっている。

秀人「待てよ…。お前だけがツラいんじゃね
 ぇんだぞ」

一瞬立ち止まるが、秀人に振り向きはせず、部屋を出ていく篤史。

啓子「篤史!

篤史を追いかけて、部屋を出ていく啓子。

○同・店内

営業後の薄暗い店内。出ていこうと店のドアに手をかけている篤史に、後から声をかける啓子。

啓子「…篤史…」

振り向く篤史。

啓子「…なに考えてるの?」
篤史「いま言ったろ」
啓子「…本気なの?」
篤史「当たり前だ。分かってんだろ?」

○ファーストフード(マック)の店内 早朝

ガラガラの客席。隅の席に座っている篤史、啓子、浩次の三人。
篤史を見つめ、言葉を待っている啓子と浩次。無言のまま、手を伸ばして自分のバッグを取り、中から茶色の紙袋を出す篤史。

○紙袋の中

無造作に、黒い拳銃が四丁入っている。

○店内

ドリンクを飲み干してズズッと音を立てる篤史。テーブルの上の紙袋から手を放す浩次。

浩次「…四つあるけど…」
篤史「…」
浩次「多分、ヒデちゃんは来ないよ」

冷たい炎が燃えている、鋭い、攻撃的な、篤史の眼。

篤史「…来ないなら来ないでいい。オレが二
 つ持っとく…」

紙袋に自分のバッグを近づけ、外から見えないように中身の一部を移す篤史。

篤史「オレは一人でもやるぜ」

○駐車場

人影のない、ガランとした駐車場。壁の、柱の陰に身を隠している篤史。
別の物陰に隠れている啓子と浩次。三人とも、拳銃を持っている。
駐車場の隅の扉が音を立てて開き、三人の男、安田、有川、半沢が出てくる。
高級そうなスーツにブリーフケースを提げている安田。ガタイのいい他の二人。三人の足音が駐車場に響く。
柱の陰で、大きく一度深呼吸する篤史。自分たちの車の前にやってきて、足を止める安田たち。
銃声が一発響く。柱の陰から飛び出す篤史。銃声が連続して鳴る。身を伏せている有川。
安田も、有川の体に隠れるようにして身を伏せている。
撃たれて、呻き声を上げながら、コンクリートの床に崩れる半沢。
物陰から、安田たちに向かって銃を撃っている啓子と浩次。
有川も銃を構え、車を背に応戦し始める。車のドアに手を掛ける安田。
車の反対側から、篤史が走ってきて、ボンネットの上に飛び乗り、身を躍らせて、安田と有川のすぐ脇に降り立つ。間髪入れず、二人を撃つ篤史。殺される二人。
息をついて、体の力を抜く啓子と浩次。
不意に、倒れていた半沢が、上半身だけ体を起こして、篤史を撃つ。
右腕を撃たれる篤史。よろめいて、車にドンと当たる。篤史に拳銃を突きつける半沢。
呆然と立ち竦む、物陰から出てきていた啓子と浩次の二人。

半沢「(二人に)動くんじゃねぇ!」

僅かな間。啓子たちの方を向いている半沢の、血だらけになっている足の太腿を蹴りつける篤史。
ガクッと前のめりに倒れる半沢。左手で、もう一丁拳銃を引き抜いて構え、引き金を引く篤史。
もう一度撃つ篤史。弾の衝撃で、半沢の体がドスッと動く。顔を歪めながら死体に向かって撃ち続ける篤史。

啓子の声「篤史! やめて!」

弾が無くなり、カチッという音しか出なくなる。傍に駆け寄ってくる啓子と浩次。

浩次「あっちゃん、やめろって!」

篤史の手から引き剥がすように拳銃を取り上げる浩次。

啓子「行こう!」
浩次「大丈夫?」
篤史「くそ…」
啓子「逃げるよ!」

撃たれた右腕を押さえ、呻き声を上げる篤史。篤史を抱きかかえる浩次。
啓子は、落ちていたもう一個の拳銃を拾い上げる。小走りで去っていく三人。
何発か弾が命中し、蓋が開いてひっくり返っている安田のブリーフケース。中身は、透明なビニールでパックされた白い粉。

○ビルの外 夜

ビルから出てくる三人。篤史は右腕を押さえている。足早に歩いていく三人。

○公園

小さな公園の水飲み場の蛇口で、篤史の傷口を洗って、包帯で縛っている啓子。
見守る浩次。

○通り

タクシーに乗ろうとしている篤史。車の中を覗き込んでいる啓子と浩次。

浩次「…ホントに一人で大丈夫?」
篤史「大丈夫だって…」

タクシーから離れる浩次。ドアが閉まり、走り出すタクシー。
心配そうに見送る啓子と浩次。

○『スモーク』店内

カウンターの中で働いている秀人。客の注文に笑顔で応える秀人。

○タクシーの車内

シートの端に座っている篤史。窓の外の、街の明かりが篤史の顔の上を流れていく。

○通り

無言のまま歩いていく啓子と浩次。

○〈過去〉『ONEDAY』の前 夜

店のシャッターを閉めている啓子と、その傍に立っている浩次。

啓子「…お腹空いたね」
浩次「あー、そうだね」
啓子「ねぇ」
浩次「(笑顔になって)ラーメン?」
啓子「(笑って)いいね」
浩次「じゃ、いつもの」

頷く啓子。並んで歩いていく二人。

○〈現在〉地下鉄の改札口

自動改札を並んで入っていく啓子と浩次。
啓子が、浩次の胸の所を指差す。指された所を見ようと顎を引く浩次。その顎を指で叩く啓子。引っ掛けられて、苦笑いの浩次。
笑顔を作る啓子。

啓子「じゃあね」
浩次「うん。気ぃつけて」
啓子「そうだね」

別々のホームに降りていく二人。

○地下駐車場

転がったままの安田のブリーフケース。ビニールに包まれた白い粉。

○アパートの前

タクシーから降りた篤史。
右腕をかばいながら、アパートの階段を上っていく。

○地下鉄の車内

閉じているドアの所に寄りかかって立っている浩次。ガムを噛んでいる。
地下鉄が駅のホームに入っていく。腕時計をチラッと見る浩次。
突然思いついたように、その駅で降りていく。

○地下鉄の車内

別の地下鉄。啓子がシートの端に座っている。ガムを出して口に放り込む啓子。

○〈過去〉病院・真帆の病室

静かに病室に入ってくる啓子。真帆がベッドで寝息を立てている。
コートを脱ぎ、ベッドの脇の小さな椅子に腰掛ける啓子。真帆の寝顔を見つめる啓子。
冬の低い陽射しが窓から差し込んでいる。
真帆が寝返りをうって、薄く眼を開ける。

真帆「(眩しそうに)ん? 啓ちゃん?」
啓子「(微笑を浮かべて)うん」

そっと真帆の手を握る啓子。

○〈現在〉地下鉄の車内

啓子がシートの端に座っている。車両が、地下から地上に上がっていく。

○通り

通りを歩いていく浩次。『スモーク』が入っているビルの前にやってくる。地下に降りる階段を下りていく。

○『スモーク』店内・カウンター

音楽が響いている店内。カウンターの席にやってきて腰を下ろす浩次。
嬉しそうに笑いながら、秀人が浩次の前に来る。

秀人「よう」

力なく微笑んで、右手を上げる浩次。

秀人「どうした? 元気ねぇな?」

○地下駐車場

浩次の視界。倒れていた半沢が、篤史に向かって銃を撃つ。右腕を押さえてよろめく篤史。

○カウンター

浩次の前にグラスを出す秀人。

秀人「何だよ、話してみろよ。何だって聞い
 てやるぜ」
浩次「…」

目を伏せる浩次を優しい表情で見る秀人。

浩次「何でもないよ。元気。じゃなきゃ、ヒ
 デちゃんに会いにこないし」 秀人「なに言ってんだ、バーカ。ウソつけ。
 (笑顔になって)まあ飲めよ、浩次。今日
 は全部おごってやっから。久しぶりだから
 な。なんか喰うか?」

バーテンを呼ぶ他の客に気づいて、顔を向ける秀人。

秀人「(店員の顔で)はい、すいません」
客「…ビール」
秀人「はい…」

○地下駐車場

浩次の視界。もう死んでいる半沢の体を、撃ち続ける篤史。撃たれた右腕が血で赤くなっている。

○〈過去〉『ONE DAY』・奥の小部屋

立ち上がって睨み合っている篤史と秀人。

篤史「…死んだんだぞ、真帆が…」
秀人「そんなこたぁ、オレだって…」
篤史「殺されたんだ!」
啓子「やめて、二人とも…」

 ×  ×  ×
篤史を追って部屋を出ていく啓子。立っている秀人を見上げている浩次。
 ×  ×  ×
啓子が部屋に戻ってくる。

秀人「…こんなことで友だち無くしたくねぇ
 よな。大事な親友を…もうこれ以上…」

啓子と入れ違いでドアの方にいく秀人。

啓子「ヒデ…」
秀人「ワリィ、今日は帰る。またな…」

部屋から出ていく秀人。

○『スモーク』店内・カウンター

浩次の前に氷が入ったロックグラスを置き、酒の瓶を持って、グラスに注ぐ秀人。

秀人「(酒を注ぎながら)それが終わったら、
 どうする?」
浩次「(顔を上げて)ん?」

間。中身がなくなった瓶を片付ける秀人。

秀人「…篤史はどうしてる?」
浩次「…」
秀人「…この間客から聞いた話なんだけどよ。
 最近売り屋が一人殺されたんだって、その
 辺で。多分、なんかのトラブルで。で、そ
 いつに付いてた客はさ、結局周りに流れて、
 その辺の同業者は実は凄い喜んでるんだっ
 てよ」

戸惑う浩次。

秀人「浩次。全員殺っちまったあと、どうす
 んだよ?」

口を付けようと持ち上げたグラスを下ろす浩次。秀人の顔を見る。

秀人「俺たちが何をどうしようと、真帆は帰
 って来ないんだぜ」
浩次「…そんなこと、分かってる…」

口元を少し緩める秀人。何かを諦めた苦笑いのようにも見える。

秀人「なら、いいんだけどな」

 ×  ×  ×
カウンターの中には、別の、女のバーテンがいて、その人と話している浩次。そこに、ビールの小瓶を片手に秀人がやってくる。椅子から腰を上げる浩次。
秀人「(申し訳なさそうに)悪いね」
バーテン「(笑顔で)いいですよ、全然」
秀人「今度何かで返すから、絶対」
バーテン「(笑って)どうせ踊っていくんで
 しょ」
秀人「まぁね」
浩次「…そんじゃ」
秀人「じゃ」

ビールを口に運ぶ秀人。ダンスフロアの方に歩いていく二人。

○アパートの一室

篤史の暮らす、六畳一間のアパート。カメラと三脚、ネガの束、アルバム、何枚もの大判の写真が床やテーブルの上に散らかっている。上半身裸の篤史がパイプベッドの端に腰を下ろして、電話で話している。着古した白いTシャツを包帯代わりに右腕に巻いている。
そのTシャツに血が滲んでいる。

篤史「(電話に)…うん、じゃ、来週。うん、
 火曜日。…それじゃ」

疲れた顔に、微かに笑みを浮かべる篤史。

篤史「うん、じゃあね」

携帯を切る篤史。

○『スモーク』店内・ダンスフロア

客がかなり増えている店内。完全に没頭してガンガン踊っている秀人。その横で、踊りながら女の子に話しかけている浩次。

浩次「よく来てんの?」
女の子「え?」

○同・DJブース

DJが新しい曲をかけ、その曲にダンスフロアから歓声が起こる。

○同・ダンスフロア

盛り上がっているフロア。

○『スモーク』の前 早朝

ビルの階段から出てくる秀人と浩次。日差しに目を細める二人。

○大学のキャンパス・校門

学生たちが大勢キャンパスに入っていく。その中に浩次もいる。『スモーク』を出てそのまま学校に来た浩次。手ぶら。(F/O)

○(F/I)駅 遠景

改札口の脇に篤史が立っている。切符売り場に行き、料金表を見上げる篤史。ポケットから財布を出すが、途中でやめて、改札の所に戻ってくる。悠がやってくる。言葉を交わす二人。

○電車の中

平日の昼間で空いている車内。ドアの所に寄り掛かっている篤史と悠。

篤史「…学校は?」
悠「(ワザとらしく)え?」
篤史「(気付かずに)今日、平日だよね?」
悠「(笑って)サボった」
篤史「(笑いながら頷いて)あぁ、そういう
 ことね」
悠「ね」
篤史「ね」

笑う二人。

○駅のホーム

ホームに停まった電車のドアが開く。車内に、篤史の悠の姿が見える。笑顔で話している二人。ドアが閉まる。

○大学・教室の中

授業中。机に突っ伏して寝ていた浩次。誰かに小突かれて目覚める。

久美の声「(囁き声)先生見てるよ」

浩次の斜め後ろに、友人と並んで座っている久美。クスクス笑っている。
自分を睨んでいた教授と目が合う浩次。顔をしかめ、目をそらす。

○遊園地 売店の前

スタンドでクレープを買っている篤史と悠。篤史が財布から金を出して払う。

悠「…篤史さんて、何て呼ばれてたの?」
篤史「え?」
悠「(財布を指して)その友だちの人に…」
篤史「(頷いて)ああ…」

苦笑いの篤史。

篤史「まあ、ほら、友だち同士だから…」
悠「うん」
篤史「だから、まあ、いいじゃん」
悠「えぇー」

財布を尻ポケットにしまい、悠が持っていた自分の分のクレープを取ろうと手を伸ばす篤史。

悠「(そのクレープを引いて)教えてよー」
篤史「えー」
悠「いいじゃんいいじゃん」

○同・ベンチ

ベンチに並んで座っている二人。クレープを食べている。

悠「(笑顔で)あっちゃん」
篤史「やめろって」
悠「ねぇ、そのお友だちのこと、話して」
篤史「ん?」
悠「仲良かったんでしょ」

頷く篤史。

悠「…あ、別に今もか。"良かった"じゃ変だ
 ね。過去形だもんね」
篤史「…」
悠「そういう話。何でもいいから」

クレープの残りを口に放り込む篤史。

悠「どこで知り合ったとかさ」
篤史「あぁ」

○写真(モノクロ)

篤史が財布の中に入れていた、五人が並んでいる写真。

真帆の声「いいんじゃない、あっちゃん」
浩次の声「ランプついたよ、赤いの」
秀人の声「早くこっち来いって」
篤史の声「はいはい」
啓子の声「早く早く」
篤史の声「オッケー」
秀人の声「よし、みんな笑え!」
真帆の声「イェーイ!」

カシャッというシャッター音。

○遊園地・歩道

細い歩道を並んで歩く篤史と悠。

悠「…私って、あんまり友だちっていないか
 らさ。だから、そういうの、羨ましいって
 思うのね。友だちいないし、親友もいない
 し。学校にいたら、まあ、別にそれでもい
 いかって感じだけど。やっぱ、そういう話
 聞くと、いいよなーとか思うよね。羨まし
 い、悠も。なんかそう思う、やっぱ。じゃ
 あ作れるかっていったら、今更無理だけど
 ね。特に学校じゃ。でも、あれかな? 大
 学入ったら、そういう出会いもあるかな。
 ちょっと期待しちゃおっかなー、なんて…」

○大学の校舎の中・廊下 夕方

教室のドアが開いて、浩次が出てくる。アクビをかみ殺す浩次。廊下を久美が一人で歩いてくる。目が合う二人。
同じ方向に歩いていく。

久美「フフッ、この間も会ったね、ここで」
浩次「あれ、そうだっけ?」

○〈過去〉病院のエレベーターの中

お見舞いの鉢植えを持った啓子が一人で乗っている。五階に着き、扉が静かに開く。
扉が開いていくと、女の叫び声と何人かの大声が聞こえてくる。パジャマ姿の真帆が暴れていて、それを看護師や篤史が抑えようとしている。

真帆「(狂乱状態)やめてぇ! お願いだか
 ら! 離してぇ! 誰か助けて!」
篤史「真帆! やめろ!」
看護師「遠藤さん!」

エレベーターの中から一歩も動けずに、立ち竦んでしまっている啓子。
その啓子の鼻の先で、扉が閉まっていく。

真帆「(啓子に)ダメェ! 乗せてぇ! 開
 けてぇ!」

○〈過去・夢の中〉同じエレベーターの中

触れるくらいの近さで、扉の前に立っている啓子。呆然としている。
手には、持っていた鉢はなく、何もない。啓子の体を誰かの手が掴む。
驚いて啓子が振り返ると、そこに真帆がいる。床に倒れこみ、啓子の足元にすがりつくように体重をあずけてくる。啓子を見上げる目の下には真っ黒なくま、げっそりとこけた頬。

真帆「…お願い…何でもいいの…何でもいい
 から…ほんのちょっとでいいから…」
啓子「…真帆…」
真帆「…私のこと知ってるの? だったら助
 けて…お願い…楽にさせて…」

エレベーターが(再び)五階に着き、扉が開く。
真帆の腕を振り払って、転がるようにエレベーターから出る啓子。

○病院の廊下

真夜中の、非常灯だけの薄暗い廊下。逃げるように、廊下を駆けていく啓子。

○過去〉病院の廊下 夜

廊下を走ってくる啓子。

○病室

病室に駆け込んでくる啓子。篤史、秀人、浩次の三人が、沈痛な顔で立っている。

啓子「どういうこと?」

間。

秀人「…手首切ったって…」

○〈現在〉アパートの一室 朝

綺麗に片付いた、八畳くらいの広さの、啓子が暮らすアパート。
夢から覚め、ガバッと体を動かして目覚める啓子。横で寝ていたみゆきがそれで目を覚ます。

みゆき「(ボーっとしたまま)…どうしたの
 ?」

涙目になっている啓子。

啓子「…真帆が…」
みゆき「…夢なの?」
啓子「…真帆…」

壁に、コルクボードが掛けられていて、そこに、他の写真や雑誌の切り抜きに混じって、篤史のと同じ写真が貼られている。モノクロで、もっと大きなサイズに引き伸ばされている。

みゆきの声「…その人がどうかしたの?」

○ワンルームマンションの一室 朝

卓上用のフォトフレームに収められた、同じ五人のモノクロの写真。浩次が暮らす部屋。
ベッドの中で、眠そうに目をこすっている浩次。
そのベッドの端に、下着姿の久美が腰掛けている。

久美「…タバコ、ある?」
浩次「…やめたんだ…」
久美「マジで? エラいね」
浩次「…そうか?」

立ち上がる久美。

久美「じゃ、コーヒーは? キッチン?」
浩次「…うん…」

キッチンの方に歩いていく久美。

久美「野口クンも飲む?」
浩次「ん? あぁ、もらおっかな」
久美の声「(キッチンから)…駅まで送って
 ね…」
浩次「…え?」
久美の声「送ってね、駅まで。道分かんないから。(キッチンから顔を出して)一人で帰るの、イヤでしょ、こういう時って」
浩次「(頷いて)あぁ、うん、そうだね…」
久美「どのくらい?」
浩次「十分くらいかな」

○啓子の部屋

みゆきに、包まれるように背中から抱かれて、ベッドの中にいる啓子。
体をぴったり寄せ合っている二人。

○通り

並んで歩いている浩次と久美。部屋着のままでサンダル履きの浩次。

○駅の改札口

バッグを少し持ち上げて、自動改札を抜けていく久美。ポケットに手を突っ込んだまま、久美の後ろ姿を見ている浩次。
ホームに降りる階段に消えていく久美。
天井からぶら下がっている大時計を見上げる浩次。帰ろうと歩き始めるが、何か思いついたように、足を止める。切符売り場に歩いていく浩次。

○駅のホーム

電車から人気のないホームに、ポケットに手を突っ込んだ浩次が降りてくる。

○通り

通りを一人で歩いていく浩次。

○ワンルームマンションの前

かつて真帆が住んでいたマンションの前の路地に立っている浩次。
マンションを見上げている。

○〈過去〉マンションの通路 夜

通路を歩いてくる篤史、秀人、啓子、浩次の四人。暗く沈んだ表情。重い空気。
真帆の部屋の鍵を開け、ドアを開ける秀人。中に入っていく四人。

○真帆の部屋

部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、大きな灰皿と、小さな三角形に中身を包んだアルミホイルが二、三個と、丸められたそのクズと、小さな注射器が上に載っている。
テーブルの足元には、何種類もの洋酒の空き瓶や飲みかけの瓶が何本も転がっている。

篤史の声「…これか…」
秀人の声「こんなもんに手ぇ出しやがって」
浩次の声「何でだよ…」
啓子の声「これ…」

茶色の葉が入ったビニール袋がテーブルの上に投げ出される。

啓子の声「これも…」

小さなビニールにパックされた白い粉。

秀人の声「何なんだよ、マジで…。いったい
 よ…。どういうことなんだよ…」
浩次の声「誰か、知ってた?」
篤史の声「知らねーよ」
秀人の声「…ケイは?」
啓子の声「…ワケないじゃん。喧嘩売ってんの?」

間。誰かの鼻をすする音。

秀人の声「いつからなんだ…」
篤史の声「マジでよ。冗談じゃねぇよ、こん
 なの。マジで」
浩次の声「もう、遅いよ…」
秀人の声「…だな…」

○駐車場 深夜

真帆のマンションの裏手の駐車場。
部屋にあった茶色の葉やホイルの包みを燃やしている四人。
ジッポーを出して、自分の煙草の箱に火をつけ、それを足元に放る啓子。部屋にあった酒瓶の中身を空ける浩次と秀人。アルコールに引火する。

○〈現在〉駐車場

同じ駐車場。一人たたずむ浩次。

○空

青い空に浮かんでいる、白くて小さい月。

○通り

通りを帰っていく浩次。(F/O)

○(F/I)繁華街の通り 深夜

遅い時間でも人々が行き交っている、繁華街の一角。

○路地

明るく、賑わっている通りからちょっと中に入った路地。
一見地味な、普通の車が、薄暗い路地に路駐している。派手な若い女が後部座席に座っていて、運転席の男と言葉を交わしている。
車を降りて、歩き去っていく若い女。
暗いままの車内に残る男。名前は小倉。
小倉の煙草の火が赤く浮かぶ。

○繁華街の通り

通りを歩いていく篤史と浩次。車の中にいた若い女とすれ違う。

○路地

車の外に立っている仲間の男と親しげに話している小倉。男の名前は田村。
お金の札を数えて、田村に渡す小倉。若い男が二人、車に近づいてくる。受け取った金を急いでしまいながら、車から離れていく田村。
二人組の一人が、窓から運転席を覗き込む。小倉が頷き、車の後ろの席に乗り込む二人。

○別の路地

暗い路地を歩いてくる篤史と浩次。足を止め、物陰から様子を窺う篤史。
そこから、小倉のいる車が見える。
車の後部座席から、若い男が一人だけ降りてきて、急いだ様子で去っていく。

篤史「(小声で)…行くぞ」
浩次「え、もうちょっと…」
篤史「行ける。任しとけ…」

フゥと息を吐き、物陰から踏み出す篤史。

○車内

薄暗い中で、雑誌の表紙を即席の作業台にして、ニヤニヤしながら茶色の葉を紙で細く巻いている小倉。運転席のドアの窓は開いている。
斜め前の方向から、近寄ってくる人影が見える。チラッとその人影に視線を向ける小倉。
人影は二人で、それは篤史と浩次。

○路地

車の中の小倉に拳銃を突き付ける篤史。浩次も拳銃を抜く。

○通り

携帯で話しながら、賑やかな通りから路地に入っていく田村。缶ビールや食べ物が入ったコンビニの袋を下げた若い仲間の男、池山を従えている。
前方での異変を目にして、話を止め、指に挟んでいたタバコを捨てる田村。

○路地

車内の小倉に銃を突きつけている篤史。
篤史がチラチラッと視線を動かした隙に、車内に隠してあった拳銃を掴む小倉。
小倉の動きに反応して引き金を引く浩次。フロントガラス越しに撃たれる小倉。
篤史も撃つ。走り去っていく二人。
田村と池山が駆け寄ってくる。

○駐車場の隅

側溝に嘔吐している浩次。浩次の体を抱え起こそうとしている篤史。啓子がいて、路地の先を警戒している。

篤史「大丈夫か? 行くぞ!」

口元を掌でぬぐい、頷く浩次。

啓子「行こう!」

浩次の背中を押して歩き出す啓子。

男の声「いたぞ!」

背後から、男の声がする。仲間を呼び集めている男の声が聞こえる。
敷地を囲うフェンスをよじ登る三人。

○道路

ちょうど車の流れが途切れた道路を横切っていく三人。

○歩道

三人を追って走る田村と池山と、仲間の男たち。車道を挟んで反対側に篤史たちが見える。

男の一人「おい! あそこだ!」
田村「クソッ! 渡れ!」

強引に車を止めて、間を縫って道を渡っていく田村たち。

○路地

細い横道から、さらに路地に入っていく三人。男たちの叫び声が聞こえてくる。

○路地・T字路

篤史たちの姿を見失う田村たち。

田村「ちきしょう! どこ行きやがった! 
 絶対ぶっ殺してやる!」

○細い路地

真っ暗な路地に身を隠している三人。三人の荒い息遣いが暗闇から聞こえる。

○路地・T字路

男たちの人数が少し増えている。

田村「散れ! 見つけたら大声で叫べよ!」

各々の方向に走り出す男たち。

○ビルの陰

闇の中を、物音をたてないように進んでいく三人。

○路地

三人を追っている男の一人。

○通り

田村。探しながら走っている。

○ビルの陰

静かに歩く三人。先頭の篤史が何かにつまずく。

浮浪者の声「イテッ!」

驚いて身構える三人。酔った浮浪者が地面に横になっている。

浮浪者「(酔っている)バカヤロー! 気ぃ
 つけろ! ボケェ!」

○路地

叫び声を聞いてパッと振り返る池山。

○ビルの陰

わめき続ける浮浪者から走って離れようとする三人。

浮浪者「何か文句でもあんのかよ!」

○細い路地

暗闇から路地に飛び出てくる三人。足を止めず、そのまま走り続ける。
路地の先から追っ手の声がする。

池山「いたぞ!  奴らだ!」
浩次「クソッ」
篤史「逃げるぞ!」

池山とは逆の方に走り出す三人。

池山「いたぞー! こっちだ!」

○路地

逃げる三人。追う池山。
別の路地から、声を聞いた田村が現れる。

○通り

逃げる三人。大きな通りに出る。走り続ける三人。
池山も三人を追って走り続ける。

○歩道

地下鉄の入り口が見える。

啓子「地下鉄!」
浩次「あっちゃん! こっち!」

地下鉄の駅に降りていく三人。田村と池山が追走してくる。

田村「ちきしょう…。待ちやがれ…」

○地下鉄の駅の構内・入り口の階段

階段を駆け下りる篤史、啓子、浩次の三人。三人分の足音が響く。

○〈過去〉同・地下通路

階段を駆け下りてくる篤史、秀人、啓子、真帆、浩次の五人。

○〈現在〉同・階段

三人を追う二人の男が階段を駆け下りる。

○同・地下通路

後ろを振り返って様子を見る篤史。一緒に後ろを振り返る浩次。

浩次「啓ちゃん、がんばれ」

二人の後ろを走る啓子。

○〈過去〉同・地下通路

終電に乗ろうと走る五人。篤史が先頭、秀人、啓子、遅い真帆と一緒に走る浩次。
五人とも、口々に何か叫んだりして、楽しそうな表情で走っている。

○〈現在〉同・地下通

路逃げる三人。

○〈過去〉同・地下通路

走る五人。

○〈現在〉同・地下通路

先頭を走る篤史。後ろを振り返る。

○〈過去〉同・地下通路

通路が直角に曲がっている。そこを駆け抜ける五人。すぐ目の前に切符売り場と改札口が見える。

○〈現在〉同・地下通路

その改札口に向かって走る三人。

○同・地下通路

角を駆け抜けてくる田村と池山。

○同・改札口

切符は買わず、自動改札のゲートを飛び越える篤史と浩次。啓子は体を横にしてすり抜けるようにして通っていく。目の前のホームにはちょうど電車が来ている。

○〈過去〉同・改札口

切符を手に、改札を通る五人。相変わらず状況を楽しんでいる。目の前に来ている電車に向かって走る。

○〈現在〉同・ホーム

車両に向かってホームを走る三人。啓子が少し遅れている。

○同・改札口

ゲートを飛び越える田村。

○〈過去〉同・ホーム

順に電車の扉の中に飛び込んでいく五人。

○〈現在〉同・ホーム

篤史が乗り、その後に浩次が乗る。

○〈過去〉同・車両の中

疲れて、崩れるように床にへたり込む五人。お互いの顔を見て笑っている。

○〈現在〉同・車両の中

地下鉄の車両の中に転がり込む啓子。疲れ果てている。ニットキャップで覆った右手を、啓子に半ば追いついていた田村の鼻先に突き付ける篤史。ニットキャップから、黒い銃口が僅かに覗いている。
ドアが閉まる。目を見開いて、銃口を呆然と見つめていた田村と池山。
肩で息をしている篤史。銃を構えたまま、動かない。
啓子と浩次は床に座り込んでいる。地下鉄が動き出す。
銃を構えたまま、身動きしない篤史。
駅から、トンネルに入っていく地下鉄。

○〈過去〉車両の中

床にへたり込んでいる五人。ニヤニヤしたり、クスクスしたり、吹き出したり、笑っている。

○〈現在〉車両の中

緊張が解けて、体の力を抜く篤史。右腕をダラリと下ろす。

○駅の構内

憎々しげに、電車が消えていったトンネルを見ている田村。

○車両の中

逃げ切った三人。息を切らしている。特に啓子は苦しそうに、ぐったりと寄り掛かっている。
閉まったドアの方を向いたまま、動かない篤史。
啓子と、安堵の表情の浩次も体は動かせない。

○トンネルの中

真っ暗な中を走っていく地下鉄。

○駅のホーム

車両のドアが開いて、三人が降りてくる。

○〈過去〉駅のホーム

車両のドアが開いて、五人が降りてくる。

○〈現在〉駅のホーム

改札に向かってホームを歩いていく三人。電車がホームから出て行く。

○月

真夜中なのに、街の明かりのせいでぼんやりと明るい空。薄い雲の向こうで静かに光を放っている月。

○マンションの通路

浩次が住むマンションの通路。自分の部屋に向かって通路を歩いていく浩次。


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