夏休み

○『フェリチッタ』店内・キッチンの中

広いオープンキッチン。
パスタを調理している木下耕生。

○同・客席

ランチタイムのイタリアンレストランの店内。混み合っている。
大柄なイタリア人女性、エレナがレジの前に立っていて、店の中を見渡している。
店は、丸いテーブルが並んだ客席ホールと、その奥に見えるバーカウンターのスペースに分かれている。
ホールとカウンターに囲まれるようにキッチンがあり、ホールからはキッチンの中が見えるようになっている。
バーカウンターのさらに奥に通路があり、トイレや従業員用の部屋、非常口兼用の通用口がある。
レジは、通りに面した入り口のすぐ脇にある。客を前にして、レジを打つエレナ。

○店の外

『Caffe,Bar,Ristorante FELICITA 』という看板が出ている、オフィスビルの一階にある店。真夏の陽射しと暑さに、店から出てきたOLたちが顔をしかめる。

○キッチンの中

島村翼が、耕生の横で大きな寸胴鍋に野菜を放り込んでいる。
調理台を挟んだ反対側では、庄田美紗がデザートを盛り付けている。
パスタを盛り付け、皿の縁に付いたソースを布巾で綺麗に拭き取る耕生。ホールスタッフの沙織が入ってくる。

沙織「コーキくん、電話だって。内線」
耕生「(意外そうに)え? 俺?」
沙織「(頷いて)うん」

○同・客席(バーカウンター)

パスタの皿を左手に二枚、右手に一枚持って、沙織がキッチンから出てくる。

○同・キッチン>

奥から、シェフの向田が現れる。

向田「ウィーッス、おはようさーん」
翼「ウィッス!」
美紗「あ、おはようございまーす」
耕生「(電話に、驚いて大声で)はぁ?」

耕生の声に驚いて、顔を見合わせる3人。

○駅(戸塚駅)の構内・駅員事務室

壁に時計が掛かっている。2時過ぎ。
コック服を着たままの耕生が、駅員と一緒に現れる。困った表情。
部屋の奥から、真奈が嬉しそうな顔で駆け寄って、抱き付いてくる。

真奈「お兄ちゃん!」
耕生「…なにやってんだよ、ホントに…」
真奈「(悪びれることなく)一人で来ちゃった!」
耕生「・・・」

駅員に頭を下げる耕生。

耕生「…すいません、ホントに」

笑っている駅員

○『フェリチッタ』店内・客席

お茶をしている客が数組いるだけの店内。

○同・キッチンの中

秤で粉を量っている美紗。翼は大きなボウルでピザ生地をこねている。向田は鍋のソースを味付けしている。

○通り

手を繋いで歩道を歩いていく耕生と真奈。遠足のように小さなリュックに、手提げのバッグを持っている真奈。

耕生「…叔母さんに何て言うんだよ?」
真奈「ママのこと?」
耕生「絶対怒られるぞ」
真奈「ママなんていいの! マナはママのこと嫌いだから!」
耕生「・・・」

○路地・『フェリチッタ』の通用口

大きな通りから一本入った路地。白いべスパが停めてある。耕生と真奈がやってくる。
通用口のドアを開ける耕生。真奈に「入れ」
と促す耕生。
少しビビって様子を窺いながら、店の中に入っていく真奈。

○店内・キッチン

翼が、バカでかいソテーパンを振ってパスタを作っている。美紗と、ホールスタッフの日南子がいる。

日南子「あ、帰って来た…」

キッチンの奥から出てきた耕生に気付く日南子。耕生の後から顔を出した真奈の姿を見て、絶句する。美紗も驚いている。 伝票を手に、ホールスタッフの吉岡が入ってくる。

吉岡「オーダーでーす…って子供がいる! なんで?」

○同・休憩室

店の一番奥にある、従業員用の控室。賄いのパスタを食べている翼、沙織、日南子、美紗、吉岡。
サラダを取り分けて、ボウルを回していく沙織。

日南子「永田君の隠し子なんじゃない?」

ブッとパスタを吹き出す翼。

美紗「(笑いながら、沙織に)名前何て?」
沙織「『マナちゃん』だって」
日南子「カワイイよねー。…翼、変なイタズラしちゃダメだからね」

またパスタをブッと吹き出す翼。

美紗「(笑いながら)汚ねーなー」
翼「…スイマセン」

○同・客席

バーカウンターの一番端の椅子に座って、ジュースを飲んでいる真奈。

○同・レジの前

エレナと、困った顔の耕生が話している。

耕生「…俺の従兄妹なんですよ。俺の母親の妹っていうのが、あいつのママなんです…」

頷くエレナ。

耕生「…その、あいつのママっていうのが、最近旦那と離婚して、実家に帰ってきてるんですよ…」
エレナ「(なるほど、という顔で)あー…」
耕生「最近っつっても2月ぐらいなんで…。もう半年ぐらい経ってるんですけど…。でも多分、そういうんだと思うんですよね…。転校っつーか、家も変わって…」
エレナ「それは、色々あるわよ。子供でも…」
耕生「家出ですよ」

頷くエレナ。憐れむ眼で真奈の姿を見て、近寄っていく。

耕生「(独り言)だからって俺の所に来なくてもいーっつんだよ…」

○店の外 夕方

まだ空は明るいが、看板には照明が入っている。若いカップルが店に入っていく。

○店内・キッチン

パスタを調理している耕生と翼。ランチタイムよりはスタッフの数が多い。

○同・客席

ほぼ満席の店内。ボトルワインとグラスをテーブルに運ぶ沙織。エレナが、来店した客を、オープンキッチンの正面にある席に案内している。 キッチンから、料理の皿を持った別のスタッフの女の子が出てくる。

○同・バーカウンターの中

バー仕立てに造られているカウンター。キッチンから、料理の皿を持った吉岡が出てきて、そのバーカウンターの中を通ってホールに出て行く。
まだ時間が浅い為、バーにいる客も皆、料理を食べている。そこの隅に、小さな椅子を置いてもらった真奈が座っている。カウンターの中に居る子供の姿を、客が不思議そうな顔で見ている。
ドリンクを用意しているバーテン役のスタッフや、背後のキッチンの中のコックたちの姿を、興味津々という顔で見ている真奈。

○同・キッチン

ソテーパンにパスタのソースを用意している耕生。タイマーが鳴り、茹で釜からパスタを揚げて、ソテーパンに入れる。背後の調理台に手を伸ばして、緑の野菜を一つまみソースに加える。よく和えて、皿に盛り付ける耕生。
ホールとの出入り口で、首を伸ばしてキッチンの中を見ている真奈。そのすぐ横を通って沙織がキッチンに入ってくる。

向田「それヨロシク」
沙織「はーい」

子羊の肉のグリルの皿を持って、ホールに戻っていく沙織。
アルバイトのキッチンスタッフが、自分が焼いたピザと耕生が盛りつけたパスタの皿を出入り口の所まで持ってきて、伝票を添えて置いていく。吉岡が入ってきて、その二枚の皿を持って出て行く。
働くスタッフたちや、出来上がって運ばれていく料理に、目を輝かせている真奈。

○店の外

タクシーが停まり、好恵が降りてくる。真っ直ぐ、店に駆け寄っていく好恵。

○店内・レジの前

入ってきた好恵を笑顔で迎えるエレナ。

エレナ「はい、いらっしゃいませ…」
好恵「いえ、あの、真奈の母親です…」
エレナ「あぁ!」

手をパチンと叩くエレナ。

○同・バーカウンターの中

こっちに向かって歩いてくる母親の姿に気付く真奈。口を尖らせ、プイッと横を向いてしまう。
エレナと一緒に好恵がやってくる。

好恵「(震える声で)…マナちゃん」

カウンター席の、すぐ近くにいる客が、不審げな顔で好恵を見る。客の視線を気にして、好恵の腕に手を添えるエレナ。

○同・休憩室

好恵が座っていて、その向かいにエレナと真奈が並んで座っている。

○同・客席

賑やかな店内。吉岡がレジを打っている。

○同・キッチン

ボンゴレを盛り付けている耕生。向田はフライパンで鴨肉を焼いている。金髪で髭面の山本が洗い終えた皿を運んでくる。

山本「皿通りまーす…」
耕生「(避けながら)はいよ…」

○同・休憩室

泣きそうな顔になっている好恵と、顔を赤くして怒っている真奈。困った表情のエレナ。

真奈「…ママなんて大っ嫌いなの! 帰りたくない!」
好恵「・・・」
真奈「ママと一緒はイヤ!」
好恵「(苦しそうに)…パパとならいいの?」
真奈「どっちもイヤ!」
好恵「・・・」
真奈「ママはママ! マナはマナ! いっつも泣いてるからイヤ! あとパパのことばっか話すのもイヤ! 嫌いなの! 一人で帰って!」

泣き出し、ハンカチで眼を抑えて立ち上がり、部屋から出て行ってしまう好恵。

エレナ「(慌てて)ちょ、ちょっと…」

○同・奥の通路

トイレや倉庫のドアが並ぶ通路。休憩室のドアから出てきて、エレナの声を無視して早足で去っていく好恵。

○店の外 夜

店から出てくる好恵。泣きながら、待っていたタクシーに駆け寄る。 好恵を乗せて走り去ってしまうタクシー。

○店内・キッチン

乾パスタの分量を量っている耕生。沙織がキッチンに入ってくる。

沙織「コーキくん。マナちゃんのママ、一人で帰っちゃったよ…」
耕生「(手を止めて)はぁ?」
沙織「一人で帰っちゃった。多分、マナちゃんまだ裏にいると思う」

スタッフ全員の手が止まる。顔を見合わせる向田と翼。

美紗「ホントに?」
沙織「うん」
耕生「…どういうこと?」

○同・客席

キッチンの中で、エレナが耕生の肩を叩いている。

○同・休憩室

ドアが開いて、耕生が入ってくる。がっくり疲れた表情。部屋には山本が先に居て、超大盛りのカレーを食べている。

山本「あ、お疲れさまっス」
耕生「お疲れさん…」
山本「カレー、最高です」

溜め息を吐きながら腰を下ろす耕生。

山本「…どうかしたんスか?」

カレーの特大の肉の塊を口に入れる山本。

耕生「ヤベェよ。とんでもない事になってる」
山本「?」
耕生「ワケ分かんねぇ…」
山本「******」

何か言うが、口いっぱいに肉を頬張っていて、何を言ってるか全く分からない。

耕生「…喰いながらしゃべんなっつーの…」

○同・レジ

店の電話でエレナが話している。

エレナ「…大丈夫、サマーキャンプみたいなものよ。…私も小学生の時から親の手伝いをしてましたよ。…私の娘もやらせてましたし、夏休みには。…そう。…いえいえ、一週間くらいしたら帰りたいって言うんじゃないかしら? …ウチは全然構わないんですよ。せっかくだから、お店を手伝ってもらってもいいし。小さい子供でもやれる事はいっぱいありますから。…はい、ちゃんとお世話しますよ。…そうよ、マナちゃん本人がそう言ってるんですから。むしろ、いい体験になるんじゃないかしら? 夏休みのいい思い出に…」

○駅の構内・切符売り場

一人立ち尽くし、右手で額と目頭を押さえている好恵。左手には携帯電話を持っている。グシュッと鼻をすすり上げる。

○店内・奥の通路

携帯で話してる耕生。

耕生「…だから『良かった良かった』じゃねーよ、マジで。…勘弁してくれよ。…叔母さんもワケ分かんねぇよ。自分の娘だろ?ガツンと言ってくれよ。…はぁ? …なに言ってんだよ。そんな事言ったってよー。『ヨロシクね』じゃねーよ…」

○店内・バーカウンターの中

元の、小さな椅子の上に戻っている真奈。目の前を、ケーキの皿を二枚持った沙織が通っていく。ケーキを目で追う真奈。

○同・休憩室

呆然としている耕生。カレーをほぼ食べ終わって、満足気な顔の山本。

○路地・通用口の外

携帯で話している耕生。

耕生「…ちょっと、とりあえず来て欲しいんだ。…うん。…ちょっとオレだけじゃヤバイよ、マジで。…ワリィな。…そんで、出来れば車をさ…。うん。…あ、明日遅番なの? そうか、助かるよ、マジで…」

○店内・キッチン

落ち込んでいる表情で戻ってくる耕生。

向田「(笑いながら)おいー、元気出せよ」
耕生「いや、シャレになんないっスよ…」
向田「協力してやっから…」
耕生「はぁ」

○同・バーカウンターの中

相変わらず、店内の様子に眼を輝かせている真奈。

○店の外 夜

遅い時間。行き交う人も減っている。

○店内・奥の通路

突き当たりの通用口のドアが開いて、茜が入ってくる。ニヤニヤしながら、勝手知ったる感じで、客席の方に歩いていく。

○同・客席

席の半分くらいが埋まっている店内。テーブルにはワインやカクテルが目立っている。レジで伝票の整理をしていたエレナが、奥から歩いてくる茜に気付く。

エレナ「アカネ! 久し振り!」
茜「元気!」

ハグし合う二人。

エレナ「耕生に頼まれたの?」
茜「そう。女の子が家出してナントカって…」
エレナ「そうなのよ! うん、茜がいればマナも喜ぶわ。…仕事はどう、茜。頑張ってるの?」
茜「うん。大変だけど。やってるよ」

○同・休憩室

私服姿の耕生が、バイクのヘルメットを抱えて、憮然とした表情で立っている。茜と真奈とエレナが話している。

茜「こんにちわ。川嶋茜です。初めまして」
真奈「木元真奈です」
茜「マナちゃんね。ヨロシク」
真奈の頭を撫でる茜。 耕生「(茜に)ワリィな」
茜「そんで? 車で来たけど?」
エレナ「ホントに?」
茜「うん。すぐソコに停めてるから…」
エレナ「あぁ、じゃあ、急いだ方がいい」
茜「どうする? 耕ちゃんバイクだもんね」
耕生「うん。頼むよ」
茜「ん、分かった。(真奈に)ご飯は? 食べたの?」
真奈「うん。美味しかった!」
茜「だよねー、私もココのご飯大好き」
真奈「私も好き!」

うんざりした顔になる耕生。

茜「じゃ、行こっか…」

真奈の背中を押して部屋を出て行く茜。

エレナ「茜がいるなら大丈夫ね。良かった良かった」
耕生「はぁ」

○道路

白いべスパに乗って走っていく耕生。

○アパートのドアの前

耕生の暮らすアパート。一階のドアの前。茜と真奈が歩いてくる。ポケットからジャラジャラ鳴るキーホルダーを出し、ドアの鍵を開ける茜。

真奈「お兄ちゃんが住んでる所なの?」
茜「ん? そうだよ。あんまり綺麗じゃないけどガマンしてね」

部屋に入っていく二人。

○アパートの敷地の中

べスパを停めて、降りる耕生。

○耕生のアパート・玄関

全面フローリングの、六畳程の居間と、それと同じくらいのダイニングキッチンの、1DK。耕生が帰ってくる。

茜「あ、おかえりー」
真奈「おかえりなさーい!」
耕生「ウィーッス」
茜「真奈ちゃん、お風呂入ろう」
真奈「うん」
茜「お姉ちゃんと一緒にね」
真奈「うん!」

ユニットバスの方に消える二人。部屋の奥に歩いていき、ベッドにドサッと腰を下ろす耕生。大きな溜め息を吐く。

○同・居間

暗い部屋。ベッドで、寝息を立てている真奈。茜と耕生が離れた所で話している。

茜「(小声で)…じゃあ、帰るね」
耕生「うん。ありがとな」
茜「うん。明日から私も泊まってあげるから」
耕生「ワリィな。助かるよ」
茜「あ、クーラー、あんま寒くしちゃダメだよ。風邪引くから」
耕生「(頷いて)分かった」
茜「じゃあね」

○同・ユニットバスの中

疲れた顔で、風呂に浸かっている耕生。

○同・キッチン

台所の床にしゃがみ込んで、缶ビールを飲んでいる耕生。フゥと溜め息を吐く。(F/O)

○(F/I)通り

べスパに乗っている耕生と真奈。耕生の後ろに乗っている真奈も、借りたヘルメットを被っている。

○路地・『フェリチッタ』の通用口

通用口のドアを開ける、ヘルメットを被ったままの耕生。ヘルメットに、小さなバッグを持った真奈も、耕生の後から店の中に入っていく。

○『フェリチッタ』店内・客席

開店前の、薄暗い客席。キッチンでは、耕生たちが仕事を始めている。

○同・休憩室

子供用の白いブラウスを着せられている真奈。エレナと日南子がいる。エレナが、赤いバンダナを二枚出して、一枚はネッカチーフのように真奈の首に巻き、もう一枚は頭に被せて結ぶ。白シャツに赤いネッカチーフの日南子とお揃いの格好になる真奈。

エレナ「はい、出来た」
日南子「カワイー!」

○同・キッチン

エレナに連れられてキッチンに入ってくる真奈。すぐに真奈に気付く美紗。

美紗「キャー、カワイイ!」
エレナ「でしょ?」
美紗「すごーい。え、なに? 一緒にお仕事するの?」
真奈「うん!」
エレナ「何か出来ることでいいからさ」
美紗「あ、うんうん。あるある。うん、助かるよ」
エレナ「そう、良かった。じゃ、お願いね…」

黙々と仕事をしている耕生をチラッと見る翼。

美紗「翼、ちょっと手洗ってあげてよ」
翼「あ、ハイ…」
真奈「自分で洗えるよ」
翼「うんうん。じゃ、こっち来て」

流しに置いてある液体石鹸を取る翼。
  × × ×
踏み台に乗って美紗の隣に並んでいる真奈。洗った苺を出す美紗。

美紗「はい、あーん」

一粒、真奈の口に入れる。

美紗「おいしい?」

頷く真奈。

美紗「じゃ、これは、ヘタを取るからね…」
真奈「うん…」

小さなまな板とペティナイフを真奈の前に並べる美紗。

美紗「包丁持ったことある?」

首を振る真奈。

美紗「じゃ、こうやって…」

真奈の手を取って、ナイフの持ち方を教える美紗。

美紗「…ゆっくりでいいから、手を切らないようにね」

頷く真奈。

美紗「切ったら痛いよー」

真剣な顔で、左手で苺を置いて、ナイフでヘタの部分を切り落とす真奈。

野菜を切っていた耕生。手を止め、離れた所から真奈の手元を心配そうに覗く。

美紗「そう、上手い上手い。切ったのは、これに並べる…」
真奈「(真剣な表情で)うん…」

チラチラ真奈の方を見ながら、自分の仕事に戻る耕生。

○同・奥の通路

通用口から、前掛けをした若い男が入ってくる。

八百屋「チワーッス! 八百善でーす!」

野菜の詰まった段ボール箱を持って、キッチンの中に入っていく八百屋『八百善』の男。

○同・キッチン

仕事の手を止め、奥へ行く耕生と翼。
粉を計量している美紗。真奈は居ない。

○同・通用口

二個目の段ボール箱を抱えて入ってくる八百屋。すぐ側の従業員用のトイレから、真奈が出てくる。子供の姿に驚く八百屋。

八百屋「えぇ?」

○同・キッチンの奥

納品の検品をしていた耕生と翼。ガツンと物凄い音がする。

八百屋の声「痛ってー」

通路を覗く翼。

○同・奥の通路>

顔を赤くしている八百屋。

翼「(笑いながら)大丈夫ですか?」
八百屋「いや、なんか、今、ちっちゃい人がいたもんで…」

笑う翼。

○同・キッチンの奥

八百屋の差し出す伝票にサインする耕生。

八百屋「いや、お店の方だと思って、挨拶しようと思ったら、お子さんだったもんで…。ビックリしちゃいましたよ…」
翼「ハハッ、ウチの若手です」
八百屋「(頷いて)確かに若い。…あ、で、そうだ。お盆は、お休みなんですよね」
耕生「あ、そうですそうです」
八百屋「分かりました。じゃ、毎度様でーす」
翼「ご苦労様でーす」

○同・キッチン

美紗に、缶詰の白桃を一切れもらっている真奈。

美紗「はい、あーん」

  × × ×
コンベクションオーブンを開けて、焼き上がったシフォンケーキを出す美紗。焼き上がったケーキに眼を輝かせる真奈。

○同・客席

ランチタイム。客が次々と入店してくる。

○同・キッチンの中

忙しく動いている耕生たち。真奈は、隅の方で、苺をスライスしている。真剣な、一生懸命な表情。

○同・奥の通路

エレナが、そーっとドアを閉めて、休憩室から出てくる。

○同・キッチンの中

忙しい時間が過ぎて、仕事が一段落した雰囲気のキッチン。耕生が、大きな寸胴鍋を流しで洗っている。真奈の姿はない。

○同・休憩室

部屋に入ってきて、ギョッとする翼。真奈が、テーブルの端の所に座っていて、居眠りしている。
座って、持ってきた賄いのカレーを食べ始める翼。真奈が、体勢を崩して、テーブルの端から横に落ちていってしまう。驚いてカレーを吹き出す翼。慌てて、真奈の体を抱き起こそうとする翼。
目を擦りながら、自分で立ち上がる真奈。
日南子が部屋に入ってくる。

日南子「ちょっと、何やってんのよ」
翼「え? いや、違いますって…」
真奈「(寝ぼけ声で)トイレ…」

顔を見合わせる日南子と翼。

日南子「カレー、付いてるよ」

慌てて口を拭う翼。

日南子「で、またカレー喰ってんの」
翼「(頷いて)はい。一日寝かしたカレーって最高っスよ」

○路地・店の通用口

通用口から、エレナと真奈が出てくる。手を繋いで歩いていく二人。

○百円均一ショップの店内・文房具コーナー

広い店内。ボールペンを束で掴んで、カゴに入れるエレナ。真奈も側にいる。

真奈「(カゴの中を見て)いっぱいだねー」
エレナ「そうよー。いっぱい使うの」

赤色のボールペンも束で掴むエレナ。

○店内・バーカウンターの中

夜の、混み始める時間。小さな椅子に座っている真奈。側では、吉岡が色々と営業の準備をしている。奥から、真奈に手を振りながら、沙織がやってくる。

沙織「真奈ちゃーん! おはよー!」

笑顔で手を振る真奈。

吉岡「遅刻ギリギリだぞ! 急げ!」
沙織「分かってる!」

タイムカードを押しに、レジに駆け寄っていく沙織。

真奈「夜は『こんばんわ』だよー」

プッと吹き出す吉岡。

○同・キッチンの中

心配そうな顔で、向田の背中を見ている耕生。
翼が作ったソースを味見している向田。緊張した表情で側に立っている翼。
ウンウンと頷く向田。

美紗の声「(奥から)シェフー」
向田「あいよー」

返事をしながら、奥に消える向田。

耕生「(翼に)オッケーだって?」

頷く翼。照れ臭そうな顔。

耕生「良かったな。やったら出来たな」
翼「ハイ。(会釈して)あざっす…」
耕生「レシピ、ちゃんと覚えとけよ。次も同じように作れないと意味ねぇんだからな」
翼「ウィッス」

○同・客席

混み合っている店内。パスタと肉料理の皿を両手に持って運んでいく沙織。

○同・キッチン

並んで、パスタを作っている耕生と翼。盛り付けたカルパッチョに、仕上げのソースを振りかけている向田。

○同・休憩室

夏休みの宿題の、算数のドリルをしている真奈。部屋の、入り口のドアに近い所に金髪の山本が居て、賄いのパスタを食べている。
チラッと真奈を見る山本。真奈もチラッと山本を見る。山本の外見にビビッている真奈。
食べ終わり、フゥと息を吐く山本。チラッと真奈を見る。真奈もチラッと山本を見る。立ち上がり、部屋を出て行く山本。山本が出て行くのを確かめてから、立ち上がり、真奈も部屋を出て行く。

○奥の通路

従業員用のトイレに入っていく真奈。

○路地・通用口の外

耕生のべスパの脇にしゃがみ込んで、、タバコを吸っている山本。中から持ってきた卓上灰皿を左手に持っている。
その灰皿を、べスパの上に載せる。
灰皿にトントンと灰を落とす山本。

○奥の通路

トイレから出てきて、キョロキョロ周りを見ながら、休憩室に戻っていく真奈。

○路地・通用口の外

旨そうに一服している山本。

○店内・カウンターの中

小さな椅子に座っている真奈。目の前で、吉岡が次々と作るカクテルに心を奪われている。
伝票に目を通し、ワインクーラーからボトルを出す吉岡。ソムリエナイフをパッと出して、手早くコルクを抜く。

○路地・通用口の外

赤いビーノ(Vino・ヤマハのスクーター)がべスパの横に停まる。茜が乗っている。ビーノから降りて、ヘルメットを被ったまま、店に入っていく茜。
  × × ×
通用口のドアが開いて、耕生、茜、真奈が出てくる。三人とも、ヘルメット姿。
耕生と真奈はべスパに乗って、茜はビーノに乗って走っていく。

○耕生のアパート・ユニットバスの中

一緒にフロに入っている茜と真奈。バスタブの中で、一緒に頭を洗っている。

○同・居間

耕生が携帯で、ウンザリした口調で話している。相手は実家の母親。

耕生「…あぁ、元気だよ。今フロ入ってる。…ううん、一人じゃねーよ。…いや、だから、違うよ。(言い難そうに)…カノジョとだよ。カノジョに家来てもらってんの。…居るよ、俺だって。カノジョくらい。…なんだよ、別に俺の話はいいだろーよ。…だから、元気だって。…いや、一日店に居たよ。…そう。仕事手伝ったりな、簡単なの。苺切ったり。楽しそうにやってたぞ。…あぁ。あとは宿題してたよ。自分で持ってきてたから。…偉くねぇよ、そんなもん。…そんで、叔母さんはどうなんだよ? …まぁ、そりゃそうだけど。家出だぞ、家出。落ち込んでる場合かよ、ホントによー」

○同・ユニットバスの中

バスタブに浸かっている耕生。疲れた顔で、フゥと息を吐く。バシャッと顔を洗う。ハァと溜め息を吐く。

○同・居間

明りを消す茜。ベッドでは真奈が寝息を立てている。耕生が風呂から上ってくる。

真奈「(耕生に。口に指を当てて)シーッ」
耕生「?」
真奈「(小声で)もう寝ちゃったから」
耕生「もうかよ。早ぇな」
真奈「やっぱ疲れたんじゃない」
耕生「まぁ、そりゃそうだ」

冷蔵庫を開ける耕生。
  × × ×
台所の床に並んで座って、缶ビール(発泡酒)を飲んでいる二人。ヒソヒソ、小声で語り合っている。楽しそうな表情の茜と、面倒臭そうな顔の耕生。

○アパートの敷地の中

耕生の白いべスパと茜の赤いビーノが並んで停まっている。街灯に照らされている二台のスクーター。

○耕生のアパート・居間

床で、バスタオルを腹にかけて寝ている耕生。真奈と並んで寝ている茜。寝苦しそうに寝返りをうつ耕生。(F/O)

○(F/I)同・洗面所 朝

洗濯機の中に洗濯物を放り込んでいる茜。耕生の靴下をつまみ上げ、臭いを嗅ぎ、顔をしかめる。
トイレ(ユニットバス)のドアが開いて、真奈が出てくる。

○同・居間

まだ寝ている耕生。自分の枕を腕の中に抱き抱えている。

○同・キッチン

フライパンでフレンチ・トーストを作っている茜。小さな椅子を踏み台代わりにして、茜が作るのを見ている真奈。

茜「どう? 美味しそう?」
真奈「うん!」
茜「二人分しか作んないからねー」

ククッと笑う真奈。 耕生は、居間の床でまだ寝ている。

○通り

真奈を乗せた耕生のべスパと、茜のビーノが並んで走っていく。

○ショッピングモールの駐車場

商業施設(横浜クィーンズスクエア)の駐車場に入っていく二人のバイク。

○ユニクロの店内

子供服のコーナーで、張り切って真奈の服を選んでいる茜。

○遊園地(横浜コスモワールド)

歩道の柵に寄り掛かって、小さなコースターに乗っている真奈と茜を見ている耕生。ちょっと疲れた表情。
真奈が耕生の姿に気付いて、手を振ってくる。手を振り返す耕生。

○通り 夕方

べスパとビーノが並んで走っていく。
ヘルメット姿で、耕生の背中をしっかり掴んでいる真奈。

○交差点

小さな交差点で信号待ちをしている耕生と茜(と、真奈)。目の前の横断歩道を、ミニスカートの綺麗な女性が歩いていく。女性の歩く姿を目で追ってしまう耕生。横から、耕生の脚を蹴りつける茜。

○耕生のアパートの中・玄関

ドアが開いて、真奈を先頭に部屋に入ってくる耕生たち。

真奈「ただいまー」

○通り 朝

真奈を後ろに乗せて走る耕生。

○『フェリチッタ』店内

真っ暗な店内。

真奈の声「まだ暗ーい…」
耕生の声「フフ。怖いか?」

通用口がある奥の通路から耕生と真奈が出てくる。照明のスイッチを順番に入れていく耕生。キッチンの中に入っていき、キッチンの明りも点ける。給排気のファンもゴーッという音を立てて動き出す。

○同・キッチンの中

蛇口を全開にして茹で釜に水を入れ、火を点ける耕生。オーブンにも火を入れる。
隅で、赤いバンダナを巻こうとして真奈が苦心しているのに気付く耕生。
バンダナを被せて、後ろで結んでやる。

耕生「これで良し」
真奈「うん」
耕生「手、洗えるな」
真奈「うん」

流しに手を洗いに行く真奈。コンベクションオーブンにも火を入れる耕生。
  × × ×
大きなまな板の上で、大量の玉葱をスライスしている耕生。トントントントンと勢い良く、大きな音を立てて次々と切っていく。その様子を、目を赤くして涙を流しながら見物している真奈。
  × × ×
美紗と生地の型抜きをしている真奈。ストーブで、翼にソースの火加減のアドバイスをしている耕生。
奥から、山本が現れる。

山本「…ウィーッス」
耕生「あれ、早ぇな、今日は」
山本「この間合コンしたコ、覚えてます?」

パッと笑顔になる翼。

翼「うん! みんなカワイかったよな! でも、結構前じゃねぇ?」
山本「なんか、今日遊びに来るってメールあったんスよ」
耕生「え、店に?」
翼「マジっスか? …これ、2回目アリっスね。やりましょうよ!」

耕生の視界に、トコトコと、トイレに行く真奈の姿が視界に入る。

耕生「(顔をしかめて)あー、無理。なかったことにしてくれ…」
翼「えー! なんでスか? スゲェ盛り上がったじゃないスか…」
山本「向こうもその気っスよ、絶対」
耕生「いいよ。…お前らだけで行って来いよ」
翼「えー。一緒に行きましょうよ」
山本「耕生さん来ないと、向こうもがっかりするんじゃないスか?」
耕生「…そのコ来ても、オレ隠れってから」
翼「えー。あんな盛り上がったのにー」
耕生「お前は仲良くしてもいいよ。行って来い行って来い」
翼「だってこの間までは…」
耕生「うるせー、バーカ(鍋を指して)そろそろ味見ろ、バカ」
翼「(慌てて)あ、はい」

○通り 夕方

真奈を乗せて走っていく耕生。

○ファッションビルのフロア

ブランドのショップが並ぶフロアを歩いていく耕生と真奈。ショップの中に販売員として立っている茜の姿に気付く真奈。

真奈「茜ちゃーん!」
茜「あー! 来てくれたの?」

茜に飛びつく真奈。

○ビル内の和風レストラン

窓際の席に座って、茜を待っている耕生と真奈。仕事を終えた茜がやってくる。

茜「お待たせ!」
真奈「あー、来た来た!」
耕生「何かヒマそうだったな」
茜「(顔をしかめて)うん。八月って、そうみたい、どこも」

納得した顔で頷く耕生。

茜「(真奈に)ごめんね、お腹空いた?」
真奈「うん。早く食べようよ」
茜「うん。そうしよう」

メニューを広げる耕生。

○耕生のアパート・台所 夜

耕生が風呂から上がってくる。居間の照明を消している茜。

茜「シーッ」
耕生「もう? あっという間に寝ちまうな。毎日」
茜「だね…」

冷蔵庫から、缶ビールを2本出す茜。

茜「(1本を耕生に渡して)はい」
耕生「(少し驚いて)ん…、ありがと」

台所の床に並んで座る二人。缶を開ける。
  × × ×
茜の顔をじっと見つめている耕生。

茜「(耕生の視線に気付いて)ん?」

ビールを脇に置いて、キスしようと顔を近づける耕生。

茜「んー、ダメ…。起きちゃうよ…」

顔を逸らす茜に、少し強引に頬にキスをする耕生。

茜「んー」

茜の耳にキスをする耕生。

茜「ぅんン」

茜の身体を引き寄せる耕生。

茜「絶対起きちゃうって…」

○同・居間

ベッドで、スヤスヤ眠っている真奈。

○ユニットバスの中

茜と抱き合い、キスしながら、後ろ手にユニットバスの引き戸を閉める耕生。器用にも、人差し指と中指の間にコンドームを挟んでいる。Tシャツを脱ぎ、茜の服も脱がしていく耕生。(F/O)

○(F/I)通り 朝

真奈を乗せて走る耕生のべスパ。

○駅(戸塚駅)の構内・改札口の前

コック服姿の耕生と真奈が立っている。改札の中に、待っていた人物が現れた事に気付く耕生。真奈の背中を押す。
真奈も、父親の姿に気付く。持っていた切符で自動改札を通っていく真奈。
実の父親の篠原に飛びつく真奈。その篠原と目が合い、会釈する耕生。何か言いたげに、篠原が寄って来るが、耕生はもう一度会釈だけして、踵を返して歩いていってしまう。

○『フェリチッタ』店内・キッチンの中

翼と並んでソースを用意している耕生。

耕生「…だいたいよ、叔母さんも叔父さんも冷てぇんだよな、自分の実の娘だっつーのによ。なあ?」
翼「はぁ」
耕生「まだ小一だぞ。もっとさぁ。…俺だって家出するよ、あれじゃ。マジで。散々喧嘩して、勝手に離婚して、そんで引っ越しちゃうんだぜ。自分の実家だからっつってさ。友だちも誰も居ない所だよ」
翼「はぁ」

喋りながらも、調理は手際よく進めていく耕生。タイマーが鳴り、茹で釜からパスタを揚げる耕生。

耕生「小学一年生っつったら、ただでさえ不安だろ、色々。学校とか、勉強とか、友だち出来るかなーとかさ」
翼「あー」

翼と自分のソテーパンにパスタを分ける耕生。ソースとパスタを和える。
丁寧に調理している翼。耕生の話は実はあんまり聞いていない。

耕生「家出したらしたで、今度は知らんぷりだぞ、両方とも。ほったらかし。叔母さんも叔父さんも。まぁ、俺がさ、あとココの店の人たちがさ、一緒に居てやれるからいいけどさ…」

皿に盛り付ける耕生。

耕生「聴いてんのか?」
翼「あ、はい…」

小さなスプーンを使って、丁寧に味見している翼。仕上がりに頷いて、盛り付けを始める。

耕生「真奈も明るくて、まぁ、はしゃいでるけどさ。結構辛いんじゃねぇの? 実は」

布巾で皿を綺麗に拭く耕生。ちょうど、日南子がキッチンを覗く。

耕生「…お願いしまーす」
日南子「はーい」

キッチンに入ってくる日南子。

耕生「(首を捻って)あぁいう親父っつうか、父親には、成りたくねぇよなー、やっぱ」

翼の皿が仕上がるのを待つ日南子。パスタの上にパセリと、ミルで黒胡椒を振り掛けてから、布巾で皿を拭く翼。

翼「お願いします」
日南子「はいよー」

皿を二枚持ってホールに出て行く日南子。

耕生「まだ六歳とか七歳だぞ」
翼「はぁ」

シンクで、使ったソテーパンを洗う翼。

耕生「マジで。大人の都合でなぁ」
翼「はぁ」

○同・休憩室

賄いを食べていた山本。賄いの皿を手に、耕生が入ってくる。

山本「あ、お疲れさまっス…」
耕生「ウィーッス」

食べ終わり、タバコを出して、旨そうに一服し始める山本。

○通用口の外 夜

私服の耕生が、べスパに跨って、エンジンを掛けようとしている。一発で掛かる。

耕生「・・・」

一瞬間を置いてから、走り出す耕生。

○パチンコ屋の店内

独りで寂しげに打っている耕生。携帯を出して、チラッと時間を見る。

○駅の構内・改札の前

真奈を待っている耕生。自動改札から、真奈が出て来て、耕生に駆け寄ってくる。振り返って、改札の向こうにいる父親に手を振る真奈。会釈をする耕生。

○通り

真奈を乗せて走る耕生のべスパ。

○耕生のアパート・居間 朝

小さなテーブルで、3人で茜が作ったフレンチトーストを食べている。

茜「(真奈に)美味しい?」
真奈「うん! これ大好き!」
茜「(嬉しそうに)そーお? (耕生に)耕ちゃんは?」
耕生「え? あぁ?」

まだ半分寝ている耕生。

○路地

真奈を乗せた耕生のべスパと、その後ろに茜のビーノが走っている。広い通りとの交差点にやってくる。逆の方向にウィンカーを出しているべスパとビーノ。
耕生の後ろで、茜に手を振る真奈。茜も手を挙げて応える。

○通り

真奈を乗せて走っていく耕生。

○『フェリチッタ』店内・キッチン

寸胴鍋を火にかけてソースを作り始める耕生。
大量のジャガイモの皮を剥いている翼。粉を計量している美紗。
大きなボールに、一つずつゆっくりと、卵を割り入れている真奈。

八百屋の声「チワーッス! 八百善でーす!」

手を止め、奥へ行く翼。耕生も続く。

○同・キッチンの奥

納品の検品をしていく耕生と翼。真奈がやってくる。

真奈「おはようございます」
八百屋「あ、チワッス。はい、これ」
真奈「ハイ」

運んできた箱から苺のパックを出して、真奈に手渡す八百屋の男。それを持って、戻っていく真奈。
差し出された納品伝票にサインする耕生。

八百屋「じゃ、毎度様でーす」
耕生「どうもー」
翼「ご苦労様でーす」

○同・キッチン

鍋で野菜を炒めている耕生。
真奈が割っていた卵を溶いている美紗。苺のヘタを切っている真奈。
煮立った茹で釜に、容器で掬った岩塩をバサッと入れる翼。

翼「(どこかに触れてしまって)熱ッ」

野菜に、下味の塩胡椒をする耕生。

○同・休憩室

皆と一緒に賄いのパスタとサラダを食べている真奈。真奈の前にだけ、小さなゼリーが置いてある。

○店の前 夕方

仕事帰りのカップルや連れ立ったグループの客たちが、店に入っていく。

○店内・キッチンの中

焼き上がった肉料理にソースをかけている向田。その横で、パスタを盛り付けている耕生。焼き上がったピザを皿に移している翼。

○同・バーカウンターの中

椅子に座って、皆が仕事をしている姿や混み合っている店の様子を見ている真奈。

○同・キッチンの中

ケーキを等分に切っている美紗。その後ろを、洗い終えた皿を持った山本が通っていく。

○同・休憩室

宿題の、ドリルを広げている真奈。真剣な表情で勉強している。

○通用口の外

耕生のべスパの脇で、タバコを吸っている山本。旨そうに、フゥーッと煙を吐き出す山本。
  × × ×
茜のビーノが止まる。
  × × ×
通用口から、ヘルメット姿の耕生、茜、真奈の三人が出てくる。

○耕生のアパート・ユニットバス

一緒にバスタブに浸かっている茜と真奈。

○アパートの敷地の中

並んで停めてある白いべスパと赤いビーノが、街灯の明りに照らされている。

○耕生のアパート・居間

ベッドで寝息を立てている茜と真奈。
床に寝ている耕生。(F/O)

○(F/I)アパートの敷地の中

茜だけがビーノに乗って出て行く。べスパは残っている。

○バス停

大きなバッグを提げている耕生と、家出してきた時と同じ格好をしている真奈がバスを待っている。
バスが来て、乗り込む二人。

○駅(戸塚駅)の構内

改札を通っていく二人。

○電車の車内(東海道本線)

ボックス型のシートの一角で、居眠りをしている耕生。窓の外を眺めている真奈。

○駅のホーム(二宮駅)

電車から降りてくる耕生と真奈。

○駅前のロータリー

ロータリーの隅に、自分の車を背にした好恵が立っている。好恵が待っている所に歩み寄っていく耕生と真奈。
真奈の顔を見つめている好恵。母親の顔を見ない真奈。
黙って、目を逸らし、運転席の方に回りこむ好恵。耕生も無言のまま。
ドアを開け、乗り込む好恵。
助手席のドアに手を伸ばす耕生。横から真奈の手が出てきて、ドアを開ける。自分から助手席に乗り込む真奈。

○コンパクトカーの車内

ハンドルを握る好恵。助手席の真奈。後部座席にいる耕生。無言の車内。横目で、好恵と真奈の二人を見る耕生。
  × × ×
信号を待っている好恵。真奈の横顔を見ている。左手を伸ばして、真奈の頭に添え、撫でる好恵。母親の手を拒まない真奈。
二人を見ている耕生。
信号が変わり、顔を前方に戻してアクセルを踏む好恵。
  × × ×
窓の外を見ている耕生。運転している好恵。隣の母親の顔を見ている真奈。
チラッと娘の顔を見る好恵。目が合う二人。微笑みを浮かべる二人。

○耕生の実家・庭

家屋とガレージの間に小さな庭がある家。庭を歩いてきて、玄関の引き戸をガラガラッと開ける耕生。
手を繋いで、ガレージから歩いてくる好恵と真奈。   (F/O)

○(F/I)駅の構内(戸塚駅) 夕方

携帯電話で話しながら、耕生が自動改札を出てくる。大きなバッグを提げている。

○アパートの敷地の中

並んで停まっているべスパとビーノ。帰って来た耕生が、二台のスクーターの前を通って、敷地に入っていく。

○ドアの前

自分の部屋のドアを開ける耕生。

○耕生のアパート

奥の居間から、ダイニングに出てくる茜。

茜「…おかえり」
耕生「ん。…ただいま」
茜「…真奈は?」
耕生「・・・」
茜「・・・」
耕生「…置いてきたよ」
茜「・・・」
耕生「何だよ」
茜「なにそれ」
耕生「当然だろ。『なにそれ』じゃねーよ。子供は親と一緒にいるのが一番だろ、真奈の事考えたら。だろ?」
茜「…そうだけど」
耕生「普通に考えたらこうなるんだよ。決まってんだろ」

話しながら、部屋の奥に進んでいく耕生。提げていたバッグをベッドの脇に下ろす。

茜「分かってるけど」
耕生「分かってんならいいよ」
茜「だけどさ!」
耕生「俺だってそうだ! 同じだよ! 俺だってそう思ってる。でもしょうがねぇだろっつってんだよ」
茜「・・・」
耕生「その代わり…」
茜「…何よ?」
耕生「いや、代わりっつったら変だけどよ…」
茜「だから何よ?」
耕生「…結婚すっか、俺ら」
茜「は?」
耕生「結婚すっかっつってんの。俺とお前が」
茜「え? …なに言ってんの?」
耕生「やる事やってりゃ、子供だって出来んだろ。俺らだって」
茜「ちょっと…」
耕生「俺はお前と結婚してぇんだ。…幸せにすっからよ」
茜「ちょっと待ってよ。…そういう、大事なことを、何かついでみたいに…」
耕生「じゃあまた今度な。ワリィ。また今度、別ん時言い直すよ。ちゃんと」
茜「…いいよ」
耕生「・・・」
茜「…別にいいよ、今ので。…今のでいい。…今、返事する」
耕生「・・・」
茜「…ありがと。…ヨロシクね」
耕生「・・・」

耕生に一歩近寄り、背伸びして軽くキスをする茜。
茜を抱き締めようとする耕生。しかし、耕生の顔面に手を当てて突き放す茜。

茜「エッチはダメ。今日はダメな日だから」

背後のベッドにドサッと崩れる耕生。

耕生「(呻き声)うぅぅぅ」
茜「ウソ!」

仰向けに倒れた耕生の上に飛び乗り、抱きつく茜。

茜「ありがと! 幸せになろうね、私たち」

キスをして、愛し合い始める二人。

○耕生の実家・庭 夕方

朝顔の鉢に水をやっている真奈。

○絵日記

真奈が書いた絵日記。耕生と茜と真奈が描かれている。真奈の手がページを捲り、白紙のページが現れる。

○通り 夜

べスパの茜を後ろに乗せて走る耕生。

耕生「なんか重てぇな!」
茜「え?」
耕生「なんか重たくなったっつってんの! 久し振りに乗っけたら!」

耕生のヘルメットを叩く茜。
耕生にしっかり抱きついている茜。
茜を乗せて走っていく耕生のべスパ。



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